秀808の平凡日誌

第四拾弐話 楔

前方から迫り来る敵影を認めたクロードは、自らの獲物を抜き取ると乗っていた『エボニーガゴイル』から離れた。

 そしてそのまま向かってきた剣士の体を、すれ違い様に一閃する。2つに分かれた体が血飛沫を上げながら地面に落ちていく。

 クロード自身、『浮遊』靴を使った状態での空中戦は初めてのはずだが、彼は慣れた様子で自在に空中を飛び回る。

 その時、敵味方入り交じれて交戦する中、異様な風貌の人間を見つけ、クロードは眉を潜めた。

 全身を覆った黒い鎧の背中には、紅龍と同じ色をした龍翼を羽ばたかせ、巨大な黒い剣と盾を持っている。

 ―――――あれが、敵の隊長格か!?

 クロードは直感的にそう察し、武器を手に突っ込んだ。

「そらぁぁぁぁぁぁっ!!」

 放たれたクロードの斬撃を、寸前の所で気付いた漆黒の剣士が盾でその攻撃を防ぐ。

 漆黒の兜―――――鱗を張り付けたような兜のバイザー部分から見える瞳の色には、見覚えがあった。

「…てめぇ…あの時の…?」

「…お前は…」

 こちらを見据える鋭い瞳は、天上界で出会ったあの剣士と同じだった。

 ―――ネビスを殺したのは、例の剣士です。

 紅龍のあの言葉が唐突に思い出され、クロードの心に怒りと憎悪が溢れ出る。

 こいつは…ネビスと黒龍を殺した憎い敵だ!自分の大切な仲間を殺した…

「お前がネビスをぉぉぉぉぉ!!」

 クロードは目にもとまらぬ速さで斬撃を繰り出す。だがその斬撃は全てランディエフにその盾で防がれる。

「…お前と遊んでいる暇は無い…速攻で終わらせる」

 一瞬、向けられた視線に今まで感じた事の無い殺意を感じクロードはゾッとするが、すぐに湧き上がった憤りに恐怖感など消え去る。

 ―――ーこの俺を瞬殺するだと?なめやがって!

 怒りに駆り立てられるままにがむしゃらに長刀を振るうが、その大ぶりな攻撃は隙を生み、ランディエフはそれを見逃さなかった。

 黒龍の角で作られた巨大な剣が振られ、唸るような轟音が鳴り響く。

 放たれた一撃は確実にクロードを捉えている。避けることが不可能と判断したクロードは、咄嗟にその一撃を長刀で防ぐ。

 だが、無意味。全てを超越した3体のモンスターの1匹である黒龍の角で作られた剣と、その剣を振るう紅龍の右腕の力を受けたクロードの武器は半ばから砕かれ、防ぎきれなかった斬撃がクロードの肉体をも切り裂いた。

「ぐっ!!…こいつ、よくも俺に傷をっ!!!」

 クロードは手元に残った長刀の刃の部分を投げつけるが、そのときにはすでにランディエフは目の前から消えている。

 ランディエフは瞬時に背後に回りこむと、囁くような声で語りかける。

「…終わりだ」

 斬撃はクロードの背中を正確に切り裂き、派手に血飛沫をあげた。

 自らの背中から吹き出る鮮血に見ながら、クロードは尚も信じられないという表情をしていた。

 バランスを崩して落下した体が地面に仰向けに叩き付けられ、全身を激しく痛めつける。

 ―――――馬鹿な、俺が負ける…?

 ランディエフの一撃は確実にクロードの急所を捉えていた。致命傷となった傷から血が溢れ出す。

 ふとクロードは悟った。自分はここで死ぬのだと。

 段々と薄れていく意識や傷の痛み、そして走馬灯のように頭を駆け巡る過去の思い出。

 クロードは、こうなる前に愛するセレナに何もいってやれなかったことを、少し悔やんだ。

 その瞳が閉じられる瞬間、凄まじい光が視界を覆った。






 グレートフォレスト/プラトン街道の空域で混戦状態にあった両軍を、10本の太い熱線が瞬く間に薙ぎ払った。

 敵味方の関係無く、触れた者は瞬く間に朧な影法師となって肉片の一欠片も残さず消滅する。

 それらを放ったのは、先程砂漠村リンケンを廃墟にしてきた5機の『GENOCIDE』だった。

 向かってくる巨大兵器の存在を確認したランディエフが、近にいたアシャーとレヴァルに告げた。

「あれを潰すぞ…いいな」

「で、ですが、どうやって…?」

「…人でいうヘソの部分を狙え」

 短く答えるなりランディエフは巨大兵器に向かう。接近するランディエフに気づいたのか、人型に変形していた中央の一機がこちらに両手を向けた。

 放たれた攻撃を次々とかわしながら、目の前に迫る禍々しい機体を前に、ビガプールの時の記憶が呼び戻される。

 今あれに乗っているのも、おそらくはネビスと同じ少年少女達だ。紅龍にいいように利用されていた。

「…お前達は悪くは無い……だが、邪魔をするなら消えてもらう」

 頭部、胸部、指先から放たれる熱線をよけ、ランディエフは巨大兵器の懐へ飛び込む。

 渾身の力をこめて振り下ろされた長剣が、黒い機体に食い込む。ランディエフはそのまま刃を押し込み、巨大な右腕を挽き切った。バランスを崩しながら残った左腕が上がるが、その時にはすでにランディエフは飛び上がっている。

 恐るべき火力と鉄壁の盾を備える『GENOCIDE』。だがいったん懐まで入り込まれてしまえば、その巨体ゆえに死角も多く、こちらを捉えることは難しい。

 さらにランディエフはその頭部に踊りかかり、長剣を横薙ぎに振るった。メインカメラを要する頭部が砕け散り、その目は奪われたも同然となる。

 アシャーとレヴァルの2人も、苦戦の末に通常形態の一機を撃破したようだ。

 ランディエフは頭部を潰した一機から離れ、隣の一機に向かいながらポータルストーンに向かって叫ぶ。

「キャロル、ラムサス。接近して攻撃するんだ」

「えぇ?」

 いきなりの指示に驚いてこちらを向くラムサス達に、見せつけるように長剣を振り上げる。その下には巨大兵器の頭部が見える。

「遠距離戦は不利だ、接近して叩き潰せ」

 押し込むように、ランディエフは長剣を振り下ろす。刃が分厚い装甲を切り裂き、それを押し切る。

 黒龍の剣が巨体を真っ直ぐに切り下げ、裂け目から炎が噴き出し、爆発する。

「成る程ね…了解した!」

 キャロルは背中から『ノトリアス・ディケイ』を取り出し、ラムサスはウルフマンに変身して『ビーストベルセルク』を使った後、それぞれ巨大な機影に向かっていく。

 上空を飛び回る『マーブルガゴイル』やこちら側の兵士に向かって、通常形態の巨大兵器が機体上部の砲身を向ける。

 が、その砲口が火を噴く前に、ラムサスが踊りかかり『チェーンドクロー』で長大な砲身を一気に引き裂く。

 敵がそちらに気をとられた隙を狙い、キャロルが円盤部に斬りかかった。彼女が飛びのいた後、、大きく開いた疵口にラムサスが『フレイムストーム』を撃ち込む。

 カブトガニのような装甲が内から膨れ上がる炎に押し上げられ、はじける。

 20メートルを越える巨体は瞬く間に全身から炎を噴き上げ、木々に突っ込みながら大爆発を起こした。

 一方、ランディエフは先に頭部を潰した一機に向かっていた。ランディエフの接近に気づいた巨大兵器が、正面から胸のビーム砲を放つ。

「…やられは、しない」

 盾でビームを防ぎながら、ランディエフは更に加速する。構えた長剣の切っ先が、まっすぐに敵機のコックピットへ吸い込まれていった。




 限られた視野を映し出していたモニターが、ザッと瞬いて消えた。次の瞬間、セルフォルスの体は何か巨大なものになかばから引き裂かれていた。

 ショートの花火が、破壊されたコックピットを照らし出す。

 セルフォルスはかすかに笑った。

「へへ………俺の――」

 俺の―――俺のモノだ、『GENOCIDE』は。誰にも渡さない! もう誰にも渡すもんか!

 もう、ほかにはなにもないんだから―――

 かつて手にしていたなにかの記憶さえないまま、セルフォルスは思う。

 なにもない。心の中心に穿たれた空白。

 俺にあるのはこの、かわいいバケモノだけなんだ。俺の――

 俺の、大切なモノ―――!

 爆発の炎に焼き尽くされる瞬間も、彼の心にあったのはこの巨大兵器への執着心だけだった。

 なにもない。ここしか知らない。誰もいない。

 ただ茫漠たる風景のなか、ふと、誰かが呼んだような気がする。

 ―――セルフォルス…。

 燃えつきた手足で懸命に巨大なバケモノを囲い込もうとしていたセルフォルスは、声のした方を仰ぎ見る。

 もうなにもない。視界は白一色に塗りつぶされていたはずなのに、その空白の中に人影が見えたような気がした。

 ―――誰だ……?

 女の子みたいに、腰まで茶色の髪を伸ばした少年。蒼色の瞳でこっちを見ている、綺麗な白髪の少女。

 セルフォルスはそれが誰なのか思い出せない。でも、抱え込もうとしていたモノから離れ、ゆっくりとそちらへ向かった。

 しかたない――と、セルフォルスは苦笑する。

 連中は何か頼りなさそうで、誰かが面倒を見てやらないと、危なっかしくて仕方ないように見えたからだった。



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